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日本の装身具ハンドリングゼミ 第4回

ここでは、会員のゼミでの感想や気づいた点、意見などを掲載します。


岸 あかね さん

今回も素晴らしいコレクションの数々をみせて頂きありがとうございました。

私は印判の図柄に興味がありますが、簪の意匠はほぼ共通項があり、それを立体で表現した当時の職人のデザイン力と技術には驚くばかりでした。

また一番印象に残ったのは28番目の象牙の柳川櫛です。朱塗りの象牙に描かれた図案はなんともモダンで、アーツ&クラフト的ともアールデコのデザインとも通じるような斬新さを感じました。

梅園とかかれた文字はプレゼントされた女性の名前ではないかと思います。
櫛の朱赤色や厚み(重さ)、デザインから想像すると女性の年は若く、髪は豊か、みずみずしく輝くばかりに美しい方だったことでしょう。

年若い女性に夢中になる男性を不思議に思う日もありましたが、自分が年を重ねてきてみると、若さがもつ美しさには特別なものがあり、そこに関わりその美しい輝きをより崇高なものに磨きあげたい気持ちがわかります。

美しい装飾品、宝石、玉を身に着けることは魂を磨くことに通ずる、と解釈されることもありますので、分相応も大事ですが、少し背伸びをするような宝飾品をプレゼントしたり身につけてみることも大切な気がします。

趣向の異なるアイヌの耳飾りと首飾りは圧倒されるような存在感でした。

関連することを深く知りたいと思い、岩崎さんからご提案頂いた静嘉堂文庫美術館に行ってまいりました。

松浦武四郎氏は、本土の人に知られていなかった蝦夷の国を調べ本を書き、様々なコレクションを開示し、教養を分かち合う偉大な功績をおさめました。

これはちょうど露木先生の研究会のようだと私は感じ、感銘を受けました。
コレクションをハンドリングし、先生のお話や会員のみなさまのお話をおききできる機会に心から感謝し、次回を楽しみにしております。


角元 弥子 さん

今回は、広い地域の装身具をハンドリングさせて頂き、非常に面白かったです。

ハンドリングで気になったいくつかのアイテムについて、研究会後に調べたことを含めてレポートします。

No.27 枝サンゴと鎌 簪

デザインから、”縁起物”というよりは"厄除け"や"祈願"に近い、強いニュアンスを感じたので、鎌の意味を調べてみました。
鎌には風除けの力があるとされていたようで、屋根や竹竿につけて農作物や漁の無事を願った「風切り鎌」の習慣、奈良の五重塔の尖塔部分の鎌、また、鎌を使って行われる風除けの行事などは今も地方によっては残っているようです。
(いずれもウェブ上で関連の記述が複数見られます)
このかんざしは、波模様と枝珊瑚を守るように鎌が配されており、漁の無事を願って作られたものだったのではと勝手に想像しています。

図9-13-3、No.9 ジーファー(琉球女性の髪飾り)

東南アジア海域の華人の銀(一部金も)製品を紹介した本『Straits Chinese SILVER』( Ho Wing Meng著 Marshall Cavendish Editions版)に、非常に似た構造の髪飾りを見つけましたので、ご参考までにいくつか抜粋して添付します
いずれもジーファーと同様、小さな玉杓子のような先端ですが、本文では日本のものと同様、”耳かきの形”と説明されています。
場所はいずれもマレー半島、作り手および使い手はマレー半島在住の中国移民(海峡華人=Straits Chinese=プラナカン)、時代は19世紀のもののようです。

その他、アイヌ民族の装身具は実物を初めて見て、非常に興味を持ちました。
特にニンカリ(耳輪)は衝撃的で、形が釣り針に似ていることと彼らの生業に関連性がないか、冬は極寒の地なのに金属の耳輪で凍傷にならないのか(特に熱伝導率の高い銀製)、どの文化圏と交易し影響しあっているのかなど、疑問がいくつもあり、今後少し時間をかけて調べたいと思っています。


小宮 幸子 さん

カルチャーショック。それが今回のハンドリングを通して一番強く感じたことです。第一回ゼミから続く、多種多様な意匠や細工を取り入れた、華やかな装身具の発展を見てきた眼には、アイヌ・琉球の装身具は全く別世界のものでした。殊にアイヌの首飾り「タマサイ」(9-13-2、8その他タマサイ)は、まずその大きさ、重さに圧倒されますが、やがて色合いの鮮やかさ、プリミティヴな力強さや存在感がもたらす魅力に気づかされます。アイヌの女性が儀式や祭りの際に身に付け、母から娘へと代々伝えられたという背景を考えれば、そうしたオーラを放つのも、ごく当然の結果なのかもしれません。

一方で、江戸を中心とした本土の幕末の髪飾りは、細工の精緻さ、意匠の豊富さ等において、さらに磨きがかかっていったようです。今回拝見した婚礼セットの簪は、ラッキーモチーフがふんだんに盛り込まれた吉祥文様づくしで、見ていて飽きないほど細部まで丁寧に作られています。そうかと思うと直径1cmほどの方位磁石が着いた簪や、サンゴの枝に小さな鎌がちょこんと着いた簪などもあり、自由奔放な発想を形にしていることに驚きます。

アイヌのタマサイにも、本土の簪にも、平和や幸福を願う気持ちがこめられているのは共通しているのですが、本土の装身具には純粋に装うことを楽しむ“遊び心”も感じられます。江戸後期は町人文化が栄えたといわれるように、多くの人が装身具を買い求めることで、作る側の職人たちも腕を上げ、進化していったのでしょう。文化の違いが装身具にも表れていることを、はっきりと示された気がしました。


辻 洋一郎 さん

今回の発見は何と言っても、アイヌのネックレスであると思う。自らの民族のアイデンティティを示すという機能を持っていたことである。本来、物が存在するにあたってその物本来の存在理由があると思う。
例えば、車なら移動手段として、例えば、TVゲームなどならゲームを楽しむという体験のため。
こういったそのもの本来の存在理由があるのだが、現在のジュエリーの場合には曖昧なところが多いように思う。特に、富の象徴や成功の証など、車でも実現可能なことである。
また、誰々が作った、何々の賞を貰った、何とかという貴重な石を使っているなどの理由で販売されているジュエリーも多いが、誰々が作った、何々の賞を貰った、何とかという貴重な技術が使われているという理由でTVゲームを購入するものはいない。そのゲームが面白いから買うのだ。
自論ではあるが、上記の例の様に今のジュエリーその物の機能とは何なのか?それを見出すことこそ、新たなるジュエリーの発見に繋がるのではないかと感じた。



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